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私たちはどうも、なすべき唯一のことをしていないときに、もっとも忙しいようである エリック・ホッファー

私たちはどうも、なすべき唯一のことをしていないときに、もっとも忙しいようである
    エリック・ホッファー

 昨年11月10日、83才で亡くなられた俳優の高倉健さんが、亡くなる前に出された手記が「文藝春秋」掲載されました。この手記で健さんが座右の銘としていた言葉が紹介されていました。

 「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

 この言葉は比叡山延暦寺の大阿闍梨、酒井雄哉師からいただいた言葉で、映画出演を受けるか断るか悩んでいた時に、この言葉の後押しで出演を決定したとも伝えられています。

 この言葉の語源は「仏説無量寿経」の嘆仏偈の一節「我行精進 忍終不悔」(我が行は精進にして、忍びて終わり、終に悔いじ)です。阿弥陀仏が法蔵菩薩の時に誓われたお言葉で、たとえどんな苦難にこの身を沈めても、さとりを求めて衆生を救わんとする我が修行は、最後まで耐え忍び悔いることはない、という言葉の意味です。

 映画俳優は撮影に入れば、長い間忙しい期間が続くそうです。体調管理も大変でしょうし、プライベートの時間は無く、それこそ忙しさと苦難の連続でありましょう。しかし自分が今なすべき事、精進してがんばれる居場所が定まったならば、ただひたすら仕事に打ち込んでいけるのだと思います。この嘆仏偈の言葉の様に、苦しいことがあっても、辛いことがあっても、いつこの身が終わっても後悔はしない。そして常に精進を怠らない健さんの俳優業に対する姿勢が、法蔵菩薩のお心と重なるものを感じます。そしてこの言葉を大事にしてこられたからこそ、健さんの演技が人々に感動を与えていったのです。

 振り返って自分の事を考えてみると、「忙しい・・・忙しい・・・」と口にするときは、「あれもせんば、これもせんば」と気持ちだけが先走って、どれから手を着けて良いかが分からず、本当はしなければならないこと以外の事を先にしてしまう事があります。優先順位がチグハグになり、時間だけが過ぎていって、しなければならなかったことが半分も出来ずに終わることがあるのです。

 「忙」という漢字は、立心偏「忄」になくす「亡」と書きます。大事なこころ「忄」を「亡」くし他に心を奪われ、落ち着かない気持ちの状態のことを字で表現しています。「なすべき唯一のこと」が自分の中で決まっていない時はそれこそ「忙」心を亡くしているのでしょう。

 忙しく働かせていただくこと自体は有り難いことです。しかしただ忙しさの中で自分自身を見失いながら終わっていくのであれば、人生空しいとしか言いようがありません。忙しく慌ただしいときには、この今月の言葉を思い返し、本当になすべき事は何なのか、悔い無しと言える生き方をしているのか、立ち止まり考えててみたいです。  (貢 清春)

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