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お寺は誰のものか ここに、お寺があってよかったと思う人たちのもの そして、ここにずっとお寺があってほしいと思っている人のもの (藤場俊基)

お寺は誰のものか
ここに、お寺があってよかったと思う人たちのもの
そして、ここにずっとお寺があってほしいと思っている人のもの (藤場俊基)

 この度、2026年9月26日、秋季彼岸会の最終日に現本堂解体法要並びに、本堂動座式が執り行われます。現本堂は1881年に完成していますので、145年間という長い時間、福浄寺の御門徒に護持されてきました。それ以前の本堂は現本堂よりだいぶ狭く、「布教ノ日ハ参集人堂外ニ溢レ庫裡ニ満チ教導ニ洩ルル者遺憾トシ」(法要等で法話のある時は、参詣者が本堂に入りきれないで、庫裡(寺務所、寺の台所、住職の居宅)に入るしかなかった。集まった人の中に、教えの言葉にふれることができない人がいることを残念に思い)という状況であったようです。

 記録の中では、その状況の中で門徒総代、世話方を中心に協議し1880年に土木を起こしたとあります。そうして現本堂の建設が始まったようですが、伝え聞いていることだけでも様々な問題があり、なかにはご自身の財産を取り崩して、本堂建設の資金に充てられたというお話も聞いています。現本堂建立以後も、幾多の修繕、修復、仏具の新調が行われてきています。すべて御門徒の御懇志で成り立っています。

 ですから「お寺は誰のものか」という問いに、「御門徒さんのものだ」と応えることができます。しかし、本当にそのように私は御門徒を信頼していたでしょうか。今回の修築事業を通してあきらかになったのは、私自身、住職としてあるまじきことですが、福浄寺の御門徒のことを疑っていた姿でした。

 修築事業を立ち上げ、福浄寺の全御門徒に御懇志の依頼をする際、私の中には、「はたしてどれくらいの方が賛同してくださるのだろうか」という不安がありました。しかし、実際に御懇志納入期間がはじまると、私の個人的な不安をよそに、多くの御門徒が賛同してくださり、御納金いただきました。中にはご高齢にもかかわらず、年金が振り込まれるたびに、お寺まで足を運び、御懇志をお納めになられる人もいらっしゃいました。「出来上がるまで生きとかんばね。」と完成を心待ちにして下さっています。

 ある日、個別に修築御懇志の説明を求められたお宅に伺った時のことです。私は、内心その方からお叱りを受けるのではないか、とビクビクしながら伺ったのです。しかし、私からの説明の後、その御門徒さんは、「私も小さい頃からお世話になってきたお寺の本堂だ。御懇志、収めさせてもらいます。」とおっしゃいました。その言葉を聞いてドキッとしたのです。私がその御門徒をどう見ていたのかというと、「おそらく反対されるに違いない」と決め込んでいました。しかし実際、その方は「お寺は私のものだ」と思ってくださっていたのです。ですから自分も説明を聞く責任があると思い、声をかけてくださったのでした。

 「(お寺は)誰のものかということは、誰が作ったとか、誰の所有物なのかということで決まるのではなく、そこを大切にしようとする人、そしてそこを必要とする人のものなのであって、そこが傷つこうが壊れようが、そんなこと知ったことかと思う人のものではないということです。」(『お寺は誰のものか』藤場俊基)

 今回の修築事業をとおして、『お寺は誰のものか』という本に出ていた掲示板に取り上げた言葉や、先にあげた言葉があらためて突き刺さってきます。御懇志は、「ねんごろなこころざし」と書きます。福浄寺と福浄寺御門徒の結びつきは、私のちっぽけな思いを超えて(ねんごろ=親密な)結びつきだったのです。これだけ多くの人が、「このお寺は私のものだ」と感じて御懇志をお納めいただきました。この本堂修築事業が、その福浄寺御門徒と福浄寺、阿弥陀如来との関係の深さを、私だけでなく、多くの皆様と再確認する機縁になればと思います。 令和8年9月 深草誓弥

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