合掌 右手の悲しみを 左手がささえ 左手の決意を 右手がうけとめる (高田敏子)
高田敏子さんは1914年生まれ、東京出身の詩人。女性の日常生活に根ざした平易な作風から「台所詩人」「お母さん詩人」などと呼ばれ、沢山の人に親しまれます。74才、胃がんの病を受け亡くなられたお方です。
この詩のタイトル「合掌」とは、インドを起源とした礼拝の姿と伝えられます。両手を胸または顔の前で合わせる作法で、神仏への合掌礼拝は、対象への深い帰依や尊敬の念を表します。また古来からインドでは、右手は仏の象徴で清浄や智慧を表現し、左手は衆生を表し不浄として使い分け、その両手を合わせることによって仏と衆生が一体となり、非暴力・不殺生の心で生きることも表現されます。またインド人が食事をする時には、器用に右手を使って食し、不浄な左手を使って食べることはありません。
今月の言葉で高田敏子さんは、「右手の悲しみを 左手がささえ 左手の決意を 右手がうけとめる」と合掌していく中でいただいたこころを表現されました。これは本来の合掌の意味には無い、高田敏子さんの独自の受け止めであると思います。しかしどの様な場面、経験の中でその様なこころが湧き出てきたのでしょうか。
まず私たちの人生の中で、合掌する事が多い時はいつであるかを考えてみると、それはおそらく、身近な人が亡くなった時だと考えられます。亡くなったその瞬間、臨終の時から私達は合掌をしているのです。それから自宅に帰っての枕経、通夜、葬儀と続く仏事でも何度も合掌をします。身近な人の死のご縁が、生きている私達に合掌させるご縁をつないでいてくれます。
そして生きている時、亡くなったその方に対して拝む心が無かったとしても、死に別れてみると自然と手が合わさる事も不思議です。誰かに強制されている訳でもないのに合掌するこころが湧き出てきます。それは相手が煩悩はたらく人ではない、仏様に成られた功徳なのでしょうけれども、それだけでもない様に思います。
四年前の東北の震災当時の映像で、津波で亡くなった家族が住んで居られた場所や、墓標に向かい合掌をされる遺族の姿が映し出されました。様々な宝物を失った悲しみが、合掌される姿ににじみ出て、何とも言えない気持ちになったことがあります。しかし人間はその悲しみを支えていく何かがないと立って居れないのかもしれません。おそらくそれを「決意」と高田敏子さんは名付けたのではないでしょうか。
「決意」とは、人生の方向を定め、歩み出す力のことであります。様々な悲しみを抱えてはいるけれども、亡き人から生前頂いていたお育てを大事にして生きていこう。しっかりとこの大地に立って、亡き人の願いに応える生き方をしていこうと、自分の意思が決まっていくことを表しているのでありましょう。
その「悲しみ」と「決意」の両方が、合掌という姿をとって私たちの手の中で支え合っておられる。あたかもそれは、右手の仏様、左手の衆生が合掌して支え合っている姿、合掌の語源と一つになる様にも感じます。
いかなる宗教も合掌礼拝から始まります。私たち真宗門徒も朝夕のお内仏へのお参りを生活の基本姿勢としてきました。先祖の方々は、つらい経験や悲しみさえも仏様に手を合わせながら受け止めて来られたのだと思います。今月の言葉を通して、あなたは何を考えて合掌していますか。あなたの合掌はどんな意味があるのですか。色々なことを問われ、確認する事の出来た言葉でした。 貢清春