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文明が進めば進むほど 天然の暴威による災害が その劇烈の度を増す (寺田寅彦)

文明が進めば進むほど、天然の暴威による災害が、その劇烈の度を増す
             (『天災と国防』)物理学者 随筆家 寺田寅彦

 今月の掲示板の言葉は、自然と文明の在り方について語った、物理学者の寺田寅雄の言葉です。90年程前の言葉ですが、一つの道理を示していると思います。文明が進めば、自然災害を封じ込めることができると考えている人間の在り方に、「そうではない」と批判されているのです。この言葉の後に次のように述べられています。

 「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。」『天災と国防』

 今年も自然が各地で猛威を振るいました。近いところでは隣の佐賀県武雄市で、停滞した線状降水帯がもたらした激しい雨のため、市街地が浸水するということがありました。今回水害の被害にあった地区は、元々水害常襲地であり、1990年の豪雨の時も浸水被害が出ていました。その後、武雄では川沿いにいくつもの排水ポンプ場が整備され、水害の被害が軽減されていたそうですが、今回の大雨はその排水能力を上回る雨量だったのです。

 ニュースで伝えられたことですが、避難できずに取り残された人の多くが、避難勧告が出ても、「排水場があるから、大丈夫」だと思っていたことが伝えられていました。まさに寺田氏が指摘する通り、「自然の暴威を封じ込めた」つもりになっていたのでしょう。

 さらに私は寺田氏の言葉に、昨年の出来事を思い返していました。愛媛県の肱(ひじ)川で、国土交通省の野村ダムの放水量が一気に増加したことなどにより、川が増水し、逃げ遅れた5人が亡くなられました。治水、利水と様々な理由で作られたダムですが、そのダムによって災害を大きくしているという矛盾が起こっているのです。

 人間は文明を進化させるにつれ、あたかも自然を意のままにコントロールできるかのように思いあがってきました。その幻想は豪雨や、台風、地震、津波という想定外の災害が起こるたびに、「そうではない」と破られ続けてきたはずです。しかしそれが徹底しないどころか、さらなる野心で自然に反抗し、人間の思うように自然を変えようとするばかりです。 

 今日、私たちは自然を人間に対立するものであり、自分たちに都合の良い様に変えることができるものと考えてきました。その結果、地球の温暖化や砂漠化、水や大気の汚染などの様々な問題を引き起こしています。これも人間のわがままに対する自然からの警鐘でしょう。人間は自然を支配しようとしますが、自然は人間の支配の対象ではないのです。

 仏教では、自然を(じねん)と訓じて「自(おのずか)ら然(しかあ)る」という意味に解します。人間の思い、野心のまじらない「そのまま」の在り方が自然(じねん)だということです。思い通りにならない自然の中にいる私です。あらためて身のほどをわきまえなければならないと感じています。 令和1年10月 深草誓弥

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