正義というのは信じがたい 簡単に逆転するんですよ (やなせたかし)
やなせたかしさんは、幼児向けアニメ「それいけ!アンパンマン」の作者です。私も幼い頃から親しんできたアニメです。戦争体験をされたやなせさんは、「本当の正義のヒーローは戦いに勝つことではなく、ひもじい者に食べ物を与える者だ」という思いを持っておられたそうです。そこから、自分の顔を食べさせることによって、飢えから助けてあげる、真のヒーローとしてアンパンマンが誕生したのだそうです。「ほんとうの正義というのは、決してかっこいいものではない。必ず自分も深く傷つくものです」とも語られたそうです。自分の身を差し出し、困った人を助ける姿に、人びと、特に子どもたちはこころを引かれるのだろうと思います。
今月の掲示板の言葉も、やなせさん自身が戦争を体験されたなかで「骨身にしみて思い知らされた」と語っておられた言葉だそうです。やなせさんは次のように語られます。
太平洋戦争に駆り出された時、この戦争は聖戦であり、「日本は苦しんでいる中国の民衆を救うために戦うのだ」と聞かされていたのに戦争が終わったとたんに、正義の論理はあっけなくひっくり返って「日本軍は中国を侵略した」となったのだ。
掲示板の「正義というのは信じがたい」という言葉は、戦争という時には、どの国も自国こそ正義であり、相手国が悪いとしか思っていない、その振りかざした正義こそ不安定なもの、あやしいものではないか、という問いかけの言葉であると思います。
そして、人間は、たとえば自分の心に固く「ウソをつかない」と誓っていたとしても、周囲の状況次第で、自分を守る為にウソをついてしまうことがあります。仏教では、縁に随って生きる「随縁存在」であると教えられていますから、自分で作った正義は時と場合によってコロコロと変わってしまいます。
人間の愚かさは、いつ、どこでも、自分が正しいという立場から、物事を考えていることですし、またその自分は正しいという立場を、自分で問い返すこともできません。そしてその立場で、いつでも自分の思い通りになることを求め、思い通りにならないものを排除することを考えています。
「アンパンマンのマーチ」の歌詞ですが、「なにが君のしあわせ なにをして よろこぶ わからないまま おわる そんなのは いやだ」という歌詞があります。この歌も「なんでも自分の思い通りになることが本当の幸せだと思いますか?本当の喜びといえますか?本当はどうなる事が幸せか、喜びか、知らないまま生きているのではないですか?」という問いかけの言葉だと思います。
やなせさんは50代でアンパンマンを描き始められましたが、当初人気は出ませんでした。アニメ化されブレイクしたのはやなせさんが70歳になる直前だったそうです。しかしその間も、そして大人気アニメとなった後も、アンパンマンというキャラクターによって、「正義とは何か」「何が人間としての喜びか」という人間の大切な課題を提起し、私たちの魂をゆさぶり続けてくださっていたのか、とあらためて気づかされました。 令和2年8月 深草誓弥