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みんな「戦さになってしまって」とか「戦さが起こってしまって」とか云っているよ(井上ひさし、戯曲『花よりタンゴ』)みんな責任を負おうとしない

みんな「戦さになってしまって」とか「戦さが起こってしまって」とか云っているよ(井上ひさし、戯曲『花よりタンゴ』) みんな責任を負おうとしない

 戦争で家を焼かれ家族を失いながらも、銀座で小さなダンスホールを開業する四姉妹の物語がこの「(戯曲)花よりタンゴ」。四姉妹の一人である藤子は、夫である武が戦争で亡くなったという知らせと、弔慰金3万円の為替を配達員から受け取ります。みんなで抱き合い泣きながら怒りがこみ上げてくるのだけれども、その怒りを誰にぶつけて良いか分かりません。「怒りなさい」、「だれに?」、「戦さを始めた連中によ」と、姉妹は語り合います。その時、

 『誰一人として「わたしが戦さをはじめました」って云い張る人はいないよ。みんな、「戦さになってしまって」とか、「戦さが起ってしまって」とか云ってるよ。そうでしょ。』

と姉妹の一人はつぶやき、その場は底知れぬ空虚さにつつまれます。この劇の作家、井上ひさし氏は、戦後の東京裁判を調べていく中で、『私が東京裁判の芝居を書いたときに一番困ったことは、戦時中は皆が「聖戦だ」と騒いだはずだったのに、戦後に「あのとき騒いだ一番の責任者は誰だ」と探すとそこには誰もいない、という問題だった。』(2008年3月30日 朝日新聞掲載記事)と述懐します。戦争が始まるきっかけというものは、誰かが言い始めて、誰かが先導して、そして戦争が始まるものではなく、『その時々の「風向き」がメディアや人づてで広められるうちに風が大きくなり、誰も逆らえないほどに強くなった。「みんながそう言っている」という"風向きの原則"が働いたのだと思う。』(同記事)と指摘しています。また、今月の言葉の「戦さになってしまって・・・戦さが起こってしまって・・・」という様に、どこかで戦争を他人事にして、自分で問い考えるという事を止めてしまっているのかもしれません。

 2022年2月24日、大統領の演説から始まったロシアのウクライナ侵攻は、二つの国の問題にとどまらず、世界各国が様々な被害を被っている状況です。各国はロシアに対して侵攻中止を求める声明を発表し、経済制裁を行う事によって、ロシア国内の弱体化や、政府の危機的状況を作り出そうとしています。それは武力侵攻を止めさせる一つの手段として実行されていますが、今現在のウクライナ侵攻を強制的に止めさせるまでの即効性は無い状況です。侵攻する側が侵攻を止めるまで破壊行為と殺人行為が行われていることになり、ただ歯がゆいばかりです。

 プーチン大統領は演説で「目的はウクライナの"占領"ではなく、ロシアを守るためである・・・今起きていることよりも大きな災難に対する、自己防衛である。」と発言しました。この侵攻の目的は「ロシアを守るため、自己防衛」と演説されているのですが、既に破壊と占領と殺人が行われている現状から、既につじつまが合わなくなっています。しかし考えてみると、この自己防衛・祖国防衛という思想から全ての戦争は始まっているのです。

 何も無いところから戦争は始まりません。まずは自国を攻めようとする「悪しき者(国)」、仮想敵を作り出し、国内の不安をあおります。そしてこの不安というものに駆り立てられた民衆は「悪しき者」に対しての偏見や脅迫(ヘイトスピーチ)を興し、政府は自国防衛のためとして武装をしていきます。緊張状態の中、ちょっとした衝突でもあれば、「戦争もやむを得ない」という大衆の雰囲気を作り出してしまう。今の日本ではその気運が次第に高まっているようにも感じます。唯一の被爆国でもある日本国内でも「抑止力のための核は必要だ」という議論もされているそうです。しかしその気運を私達、国民が作り出していくのですから、今回のロシアのウクライナ侵攻は決して対岸の火事ではない様に思います。

 戦争を起こしてきた人間の心の中には、自分を「善き者」として、他者を「悪しき者」とする分別の心、差別の心がひそんでいます。自分の都合を中心として全てを見ていく「自是他非」と思う心です。その様な自己中心的な生き方、善し悪しの価値判断でしか生きられない私の姿に気が付くということ、そういう私の姿に一歩立ち止まり、仏様の教えを通してお互いの事を知っていくことが大事なのだと知らされます。

 一国の長となる人も、政治家も、私達も同様に、外側から批判してくれるはたらき、仏の教えを聞く事こそが争いの唯一のブレーキとなるのではないでしょうか。今起きている戦争を「遠くの出来事」として片付けてしまうのか。「私たちの問題であり、責任である」として背負っていけるのか、今月の言葉は問いかけています。          令和4年3月 貢清春

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