老人は 生きづらい世の 救世主
『ゴリラからの警告』山極(やまぎわ)寿一
アンチエイジングという言葉がさかんに用いられるようになりました。年齢を重ねる加齢はいのちある限り誰にでも同じスピードで起ります。しかし、老化は加齢に伴っておこる身体や精神の衰えです。目が見えにくくなったり、耳が聞こえにくくなったり。そして老化するスピードは個人差があります。私自身も段々と老眼が進んでいっています。アンチエイジングは、運動や食生活などの生活習慣を変えることで老化のスピードに抗う、「抗老化」の取り組みのことをいうようです。
もちろん健康で長生きしたいと誰もが思います。しかし、抗っても抗えないものでしょう。先日、病気を患われた年配の御門徒と話をしていると、「年ば、とっとるとやけん、病気にもなるさ。いろいろ、悪かとこの出てくる。」と笑顔で話をされていました。何かその笑顔が不思議と心に残りました。
今月は、長年ゴリラなどの霊長類の研究をされてこられた山極さんの言葉です。「人間から一歩離れて人間を見つめるため」にゴリラの研究を続けられています。山極さんが、かつて野生のニホンザルの調査をしたときのことを著書で次のように紹介されていました。
あるとき一つの群れが分裂して二つの群れができた。血縁の近いメスたちが分派行動をし、それにオスや子どもたちがついていって、はっきり別々の群れになった。暮らす領域が一緒なので、よく群れが衝突し、いがみ合うようになった。その対立の中で、ある老いたメスが不思議な行動をとった。互いに威嚇し、にらみ合う若いオスたちの前をひょうひょうと通り過ぎ、落ち着いて葉っぱを食べはじめた。まるで敵対する現場が目に入らないように。それを見て、他のサルたちはあっけにとられたように戦いをやめた。この老いたメスはどちらの群れにも姿を現した。群れと群れがいがみ合う世界とは全く別の世界に、この老いたメスはいたのである。
山極さんは、このニホンザルの調査を通して、老境の者が若者たちの共存へ重要な意味を持っていることを感じたそうです。人間社会でも、「老人はただ存在することで、目的的な強い束縛から人間を救ってきたのではないだろうか」と述べられています。
青年や壮年期の人とは違う時間軸を生きる老年期の人の姿が、大きなインパクトを与えるのです。目標を立て、いかに効率よく目標を達成するか。それはときに個人を犠牲にして足並みをそろえて目的を達成しようとさえする。目的が過剰になれば、だんだん命や時間の価値が失われていく。その行き過ぎをとがめるために別の時間を生きる老年期の方の存在が必要なのです、と山極さんは語られています。
思えば私が小さい頃、老年期にある人たちは、ゆったりとした時間軸のなかで生きておられました。タイパ、コスパというような効率化、生産性を追い求め、人間性を失い、自ら人が生きづらい世を作り出す私たちに、老年期の人の存在が「あなたがたは、そんなに急いでどこにいこうとしているのか」と問うているのです。 令和7年 5月 深草誓弥